シンガポールで非上場会社の買収を検討する場合は、特に買収スキームで悩むことはないかと思いますが、上場会社を買収する際はそうはいきません。
公開買付け、スクイーズアウト、スキームオブアレンジメント。。。。
必ず避けては通れないシンガポール上場企業の買収方法について、
実務を踏まえ、初心者の方でも分かりやすいように可能な限り簡単な表現でまとめました。
この記事が、シンガポール上場会社のM&Aをを検討頂くきっかけになりますと幸いです。
シンガポール上場会社の買収方法とは?
シンガポールの上場会社を買収する際の方法は3つあります。
- TOB(公開買付け) + スクイーズアウト
- エグジットオファー
- スキームオブアレンジメント
これら3つの方法について順番に分かりやすく解説します
TOB(公開買付け) + スクイーズアウト
公開買付とは?
公開買付け(Take Over Bid:TOB)とは、
株式市場に上場している企業の株式を購入する手段であり、
買付者が、
事前に「期間、株数、価格」を公告して、
不特定多数の株主から、一度にまとまった数の株式を買い取ること をいいます。
公開買付けを行うのは、相対で取引 or 応募合意を行った後です。
- 主要株主から株式を買い取る(応募合意を含む)【取引1】
- 取引1が公開買付けが必要な取引だったかを判断
- 必要だった場合、公開買付けを実施【取引2】
最も多いのが、取引1があることを理解していないケースです。
公開買付けが必要かどうかを何で判断するのか?を良く考えてみましょう。
公開買付けの前には必ず判断根拠となる相対取引があります。
シンガポールの公開買付けについて
シンガポールの公開買付けは、
Mandatory Offer(強制的公開買付け) と Voluntary Offer(任意的公開買付)
の2つがあります。
トリガーとなる相対取引が、下記の条件に当てはまる場合には、
Mandatory Offer(強制的公開買付け)を実施しなければなりません。
【Mandatory Offerを実施しなければならない条件】
① 相対取引で、30%以上取得した場合
または、
② 既に30~50%保有している状態で、相対取引で、追加取得した場合
(6カ月間で1%超)
【Mandatory Offerの特徴】
必ず応募下限を50%超にしないといけない(他の条件を付すことはできない)
ここで疑問が湧いてきます。
・上記以外は公開買付けをやらなくてもいいんだよね?
・Voluntary Offer(任意的公開買付け)ってなんだ?
・任意なのに公開買付けを実施する企業がいるのか?
という疑問です。
公開買付けなんてプロセス面倒だし、できればやりたくないというのが共通認識ですよね。
実は、Mandatory Offerを回避するために、Voluntary Offerが用いられます。
「??」だと思いますので、次章から詳しく解説していきます。
Mandatory Offerが嫌われる理由
Mandatory OfferもVoluntary Offerもどちらも公開買付けなのに、
なぜ「Mandatory Offer」は回避されがちなのしょうか。
それは、下限を「50%超」にしか設定できないからです。
もし下限を90%にできるなら、70%しか集まらなかった場合は、
「70%集まらなかったの?じゃあ一株も買わないぜ!あばよ!」といって
取引を中止できるのですが、
下限を52%、70%、90%等に設定できないので、
50%超を超えたら、何%であろうと公開買付けを実施しないといけません。
これこそ、Mandatory Offer(強制的公開買付け)が嫌われる理由です。
でも、ここでまた疑問が湧いてきませんか?
・50%超買えたらマジョリティ取れるんだし、何%でもいいんじゃないの?
・70%だろうと90%だろうと誤差でしょ?
これが誤差では済まされない場合があるのです。次章で解説します。
下限設定が重要な理由
結論からいうと、90%以上じゃないとスクイーズアウトが実施できないからです。
スクイーズアウト(会社法215条)
・少数株株主から強制的に株式を買い取り、対象会社の株式を100%保有する行為
・スクイーズアウトができる条件は、公開買付けで90%以上取得した場合のみ
※注意すべきは、公開買付けによって90%以上取得した場合なので、元々30%持っていた場合は、残りの株式70%の90%以上(つまり、公開買付け実施後、93%(30%+70%×90%)以上保有が条件)を取得しないといけない
⇒ スクイーズアウトのハードルは高い
上記の通り、90%を超えないとスクイーズアウトができないため、
「100%買収して上場廃止したい」と思っている企業にとって、70%では大問題です。
実際にMandatory Offerを実施したものの、対象会社が上場廃止にならなかった事例は少なくありません。
これが下限を50%超にしか設定できない強制的公開買付けの問題点です。
強制的公開買付けを実施した場合、公開買付けが終わってフタを開けてみないと、
買った会社が、このまま上場維持なのか、上場廃止になるか、分からないため、
日本企業は嫌う傾向にあります。
この下限設定問題の救世主となるのが、Voluntary Offer(任意的公開買付け)です。
Voluntary Offer(任意的公開買付け)とは?
【Voluntary Offerに該当する場合】
Mandatory Offer以外の場合
※ 規制当局(Securities Industry Council:SIC)の承認を得られれば、
下限の引き上げが可能(必ず51%超以上でなければならない)
【例1】
上場会社の株式20%を取得したい日本企業が、主要株主との相対取引で、
20%取得した場合
相対で20%しか取得していないため、Mandatory Offerに該当せず、
勿論、Voluntary Offerもやらない(やる必要がない)
【例2】
上場会社の株式45%を取得したい日本企業が、主要株主との相対取引で、
20%取得した場合
相対で20%しか取得していないため、Mandatory Offerに該当しないが、
あと25%取得したいので、Voluntary Offerを実施
⇒ 追加取得目的でのVoluntary Offerの実施
※当局の承認を得られれば、上限設定も可能
(但し、実務的には、30%以上50%以下の一定数を上限とする買付けは承認を取得できない)
【例3】
上場会社の株式100%(上場廃止)を取得したい日本企業が、主要株主との相対取引で、60%取得した場合
相対で60%取得しているため、Mandatory Offerに該当
ただし、下限を50%超にしか設定できないため、90%以上集まるかはやってみないと分からず、結果、スクイーズアウト(上場廃止)できない可能性あり
⇒Voluntary Offerを使うと、この問題が解決される場合があります
【例4】
上場会社の株式100%(上場廃止)を取得したい日本企業が、
主要株主との相対取引ではなく、公開買付けに応募してくれる旨の同意書(公開買付けやるので応募してくださいねという約束:Irrevocable Undertakings)
を締結し、60%分の合意を取得した場合
- Voluntary Offerの裏技的な取引
- 主要株主から株式の買い取りは行わず、「公開買付けで60%応募するよ」という応募約束だけしてもらうところがポイント
- 契約相対で全く取得していないため、Mandatory Offerに該当しない
- 応募する合意を得ているため、既に60%は取得したようなもの
- 下限を90%以上に設定(Voluntary Offerだからこそ設定可能)し、Voluntary Offerを実行することで、90%以上集まらなければ公開買付けを中断でき、90%以上集まれば、スクイーズアウトで100%取得(上場廃止)できる⇒これが、Voluntary Offerの方が人気がある理由
【Voluntary Offerの特徴】
・相対取引で実際に株式を取得しないため、強制的公開買付けがトリガーされない状態で行う公開買付けであるため、任意的公開買付けと呼ばれる
以上より、Voluntary Offerは、
例2のように、Mandatory Offerに該当しない追加取得で用いられるケースに加え、
例4のように、Mandatory Offerを避ける目的で使用され、
上場廃止を目指す企業にとって非常に使い勝手の良い手法であるといえます。
また、90%以上の保有を条件とするスクイーズアウトが出来ない場合、
減資によるスクイーズアウトという方法もあります。
減資によるスクイーズアウト(会社法78C条)
スクイーズアウト(会社法215条)が使えない場合、
やむなくスクイーズアウト(減資)が使われるケースがあります。
一般的なスクイーズアウトは、
一部のマイノリティー株主の株式を買い手が取得する取引でしたが、
減資によるスクイーズアウトは、
一部のマイノリティ株主から対象会社が取得する取引となります。
つまり、資本金が減少する減資という取引になります。
減資によるスクイーズアウトの前提条件
- 株主総会の特別決議
- 株主となった買い手は決議に参加できない
- 取締役全員がSolvency Statementに署名する
① 会社が支払不能な状況になく、
② 12ヵ月以内に期限が到来する債務の支払いが可能であり、
③ 減資前後において、資産額が債務額を下回っていないこと を示すもの - 裁判所の許可は不要
(但し、債権者は裁判所に異議申し立てを行うことができる)
もしくは、
- 株主総会の特別決議
※買い手は決議に参加できない - 裁判所の許可が必要
(債権者の利益を害するおそれがないことを裁判所が確認した上で許可を出す) - Solvency Statementは不要
エグジットオファー
上場廃止を目的として、株主総会決議の承認を得て、
上場会社の株主に対して金銭対価による株式の買い取りを行うことをエグジットオファーといいます。
100%取得(上場廃止)を目的として行う点においては、スクイーズアウトと同様です。
エグジットオファーの前提条件
- エグジットオファーの期間は、
少なくとも総会決議後オファーを行った日から21日間
or
総会決議と同時にオファーする場合は総会発表時から14日間 - エグジットオファーに対し50%超の応募があった場合のみ成立
- シンガポール証券取引所からの上場廃止の承認を得ていること
- 株主総会(特別決議)の承認(10%以上の株主から反対がないこと)
ただし、買い手が既に株主である場合、その決議に参加できるため、成立のハードルが下がる
スキームオブアレンジメント
スキームオブアレンジメントとは、
買い手が対象会社の株主に対して対価を支払い、対象会社を買い手の子会社とする手続きのことです。
スクイーズアウト及びエグジットオファーと同様、
非上場化を目的とした手続きですが、条件が異なります。
スキームオブアレンジメントの前提条件
- 買い手と対象会社との間でスキームオブアレンジメントの実施契約を締結すること
- 裁判所に対する株主総会の開催を申立
- 株主総会決議での参加株主の
①頭数の過半数の賛成 かつ ②議決権ベースで75%以上の賛成)
※買い手は決議に参加できない(ここがエグジットオファーとの大きな違い) - 対象会社は独立系ファイナンシャル・アドバイザー(Independent Financial Advisor:IFA)を選任
- 裁判所の許可の取得(ここも面倒)
エグジットオファーとスキームオブアレンジメントの違い
エグジットオファーは後述するスキームオブアレンジメントに比べ、
裁判所の関与が低く、買付者も決議に参加できるため、ハードルが低く利用例が多くあります。
どちらも対象会社が主導して総会手続きを進める必要があるため、
対象会社との協力が必要となり、
つまり、敵対的買収では対象会社の協力を得られずほぼ不可能となります。
まとめ
強制公開買付
Mandatory General Offer |
任意公開買付
Voluntary General Offer |
非公開化買付
Delisting and Exit Offer |
組織再編
Scheme of Arrangement |
|
根拠法 | The Singapore Code on Take-overs and Mergers
(「テイクオーバーコード」) |
テイクオーバーコード | SGX Listing Rules
テイクオーバーコード |
The Companies Act |
相手方との事前合意 | 必要 (大株主との株式売買契約) |
必ずしも必要ではないが、賛同表明を得るためには必須 | 必要 | 必要 |
トリガー事象若しくは
実施の前提 |
対象会社株式を30%以上取得した場合に、実施しなければならない | 過半数取得を条件と出来る | 株主総会決議
»出席株主の議決権ベース75%以上の賛成 »同10%以上の反対がないこと |
株主総会決議
»出席株主の議決権ベース75%以上の賛成 »出席株主の頭数の過半数の |
主たる実施者 | 買い手 | 買い手 | 対象会社及び買い手 | 対象会社
(但し、買い手による資金拠出の確約は必要) |
買付数上限 | 上限設定不可 | 50%超の取得であれば 条件付きで上限設定可能 |
上限設定不可 | 裁判所が認めれば可 (合理的な理由は必要) |
非公開化 | 不確実
但し、公開買付対象株式の90%以上を取得した場合には、100%化と合わせて実施可能 |
不確実
同左 |
株主総会決議により確実 | 株主総会決議及び 裁判所認可により確実 |
100%子会社化 | 不確実(応募数次第) | 不確実(応募数次第) | 不確実(応募数次第) | 上記の前提が整えば、確実 |
期間 | 株式売買契約の締結から最短42日間(その後100%子会社化) | 公開買付の公表から42日間~ 最長81日間(その後100%子会社化) |
株主総会招集通知の発送から 約3か月程度(その後100%子会社化) |
経営陣との合意から約6ヶ月程度 |
東南アジアM&A案件をお探しの方へ
クロスボーダーM&Aプラットフォーム「ドマンダ」では、様々な東南アジア案件をご紹介させて頂いております。
国内のM&A・事業承継案件とは異なり、
東南アジアの優良案件情報は、限られたコミュニティの中でのみやり取りされることが多く、独自のネットワーク(人脈)があって初めて入手可能な情報となります。
また、先進国でのM&Aのように、プロセスが機械的に進むケースは稀であり、先方と密なコミュニケーションを取りながら、情報開示やインタビュー設定等のリクエストを実施することで、先方の売却準備を促すことも重要なプロセスとなります。
以上より、東南アジアのクロスボーダー案件に精通した現地のM&Aアドバイザーとの接点を持つことが重要であると考えております。
24時間いつでも案件のご相談をお受けしておりますので、
クロスボーダー東南アジアM&Aをお考えの方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。